05.17.2012
vol.146 京都のライブハウス
夏に京都で1ヵ月近く遊んだ事は前に書いたが、1度だけライブハウスに行った事がある。今では店の名前も場所も覚えていないが、 小さなお店だった。客は12~3人、お金の無い私達はタダで入れてくれたような気がする。
その店のイスがすごい。ピーナッツや油の入ったカンカンに小さな座布団が乗っかってる。照明無し、PAも無かったような気がする。そこに4人のバンドメンバーが入ってくる。いきなりのブルース。それもオリジナルのブルースだ。うまい。ビターもベースもドラムスもバカうま。それにボーカルのひしゃげた、よく通る声が素晴しい。その頃はたまに行っていた東京吉祥寺のライブハウスに出ているミュージシャンとはえらい違い。初めて日本語のブルースを聞いた気がした。
歌詞がまた素晴しい。彼らの日常生活そのままmの、そこから生まれる言葉がそのまま歌になっている。京都は深い。東京にこんなバンドがいるとはとても思えない。彼ら「憂国歌」が日本一のブルースバンドとして知られるようになるのはそれから間もなくだった。
その店のイスがすごい。ピーナッツや油の入ったカンカンに小さな座布団が乗っかってる。照明無し、PAも無かったような気がする。そこに4人のバンドメンバーが入ってくる。いきなりのブルース。それもオリジナルのブルースだ。うまい。ビターもベースもドラムスもバカうま。それにボーカルのひしゃげた、よく通る声が素晴しい。その頃はたまに行っていた東京吉祥寺のライブハウスに出ているミュージシャンとはえらい違い。初めて日本語のブルースを聞いた気がした。
歌詞がまた素晴しい。彼らの日常生活そのままmの、そこから生まれる言葉がそのまま歌になっている。京都は深い。東京にこんなバンドがいるとはとても思えない。彼ら「憂国歌」が日本一のブルースバンドとして知られるようになるのはそれから間もなくだった。
05.14.2012
vol.145 京都の夏
学生時代、故郷の九州に帰るときはもっぱら急行電車を利用していた。それは尾かなが無かったこともあったが、東京から24時間、列車の旅が楽しかったのもあった。
その夏、私と同い年くらいの学生が前に座った。同じく九州に行くそうだが途中で知り合いのいる京都に寄ると言う。一緒に来ないかと誘ってくれるので、私も途中下車する事にした。
京都に着くと早速知り合いの下宿へ。ところがその下宿はその人の知り合いだけが残っており、後はそれぞれ規制してガラガラ。しばらく遊んでいけばと言ってくれる。それぞれの住人は1ヵ月程帰らないそうで、勝手に使えばとの事。ならばとしばらく京都で過ごすことにした。
毎日のようにイーダコーヒーでコーヒーを飲み、円山公園へ。それからあちこちのお寺に行ったり寺町に遊びに行ったり。あっという間に1ヵ月が過ぎてしまった。
若いからできた事、若くなければできない事がある。今でも京都に行くと、仲良くなった彼らが路地からひょっこり顔を出すような気がするのだ。
その夏、私と同い年くらいの学生が前に座った。同じく九州に行くそうだが途中で知り合いのいる京都に寄ると言う。一緒に来ないかと誘ってくれるので、私も途中下車する事にした。
京都に着くと早速知り合いの下宿へ。ところがその下宿はその人の知り合いだけが残っており、後はそれぞれ規制してガラガラ。しばらく遊んでいけばと言ってくれる。それぞれの住人は1ヵ月程帰らないそうで、勝手に使えばとの事。ならばとしばらく京都で過ごすことにした。
毎日のようにイーダコーヒーでコーヒーを飲み、円山公園へ。それからあちこちのお寺に行ったり寺町に遊びに行ったり。あっという間に1ヵ月が過ぎてしまった。
若いからできた事、若くなければできない事がある。今でも京都に行くと、仲良くなった彼らが路地からひょっこり顔を出すような気がするのだ。
05.11.2012
vol.144 原宿の軽
原宿表参道に軽自動車が停まっていた。ショック! とてもショックだった。かつての原宿で軽を見たことなんてなかった。ここに停まっていたのは、停めて良かったのは、小さい車ならオースチンやモーリスのミニクーパー。チンクエチェントにメッサーシュミュットも赤いボディに白い屋根のを見た事がある。ジャガーもポルシェもロールスだってシルバーのをここで見た。この通りで働く人や遊びに来る人は国産車なんかに乗ってはいけない、そう思わせる雰囲気が、この街や通りにはあったのに。
便利で安いがいい世の中、それは悪い事ではないけど、そんなに簡単に手に入らないものがあってもいい。そうでないと「いつか」がなくなってしまう。
「まで」と「いつか」は大事である。卒業するまで、結婚するまで、仕事を始めるまで、そうしたたくさんの「まで」と、いつかこうしたい、いつかああしたい、いつかああなりたいの「いつか」。だってホラ、見栄って大事だから。
便利で安いがいい世の中、それは悪い事ではないけど、そんなに簡単に手に入らないものがあってもいい。そうでないと「いつか」がなくなってしまう。
「まで」と「いつか」は大事である。卒業するまで、結婚するまで、仕事を始めるまで、そうしたたくさんの「まで」と、いつかこうしたい、いつかああしたい、いつかああなりたいの「いつか」。だってホラ、見栄って大事だから。
05.08.2012
vol.143 銀座のホステス
地下鉄銀座線銀座駅夕方6時頃の風景は面白い。出勤前のホステス達が続々階段を上がって来る。銀座のホステス全員がタクシーやハイヤーで通勤しているワケでは無いのだ。
イベントの打ち上げで、そんな銀座のクラブにつれて行ってもらった事がある。ハイってみて驚いた。中はものすごい事になっている。同じ銀座にある一流ホテルのロビーをずっと小さくして、照明をドンと落とした感じ。そしてやって来たママさんがすごい。何だか軍艦の舳先みたいな頭に、いかにも高そう着物、帯にはウルトラマンの目のような大きな石が光っている。見回すと初老のお客さんが多く、若いのは私達だけ。なんだか異次元空間に入り込んだような感じがした。
高いお金を取るのには、それなりのシカケが必要なんだと感心していると、1人のホステスが話を振ってきた。「女が男に望む一番大事なものは何だと思う?」。なんだろう。「誠実」かな、「残念でした、甲斐性よ」。ガーン。
イベントの打ち上げで、そんな銀座のクラブにつれて行ってもらった事がある。ハイってみて驚いた。中はものすごい事になっている。同じ銀座にある一流ホテルのロビーをずっと小さくして、照明をドンと落とした感じ。そしてやって来たママさんがすごい。何だか軍艦の舳先みたいな頭に、いかにも高そう着物、帯にはウルトラマンの目のような大きな石が光っている。見回すと初老のお客さんが多く、若いのは私達だけ。なんだか異次元空間に入り込んだような感じがした。
高いお金を取るのには、それなりのシカケが必要なんだと感心していると、1人のホステスが話を振ってきた。「女が男に望む一番大事なものは何だと思う?」。なんだろう。「誠実」かな、「残念でした、甲斐性よ」。ガーン。
05.05.2012
vol.142 真実を写す
写真のプリントをする人が少なくなった。カメラマン仲間に聞いても「暗室は物置になっている」とか「潰した」という人が多い。カメラがデジタルになった事で暗室は不用になり、パソコンがそのかわりにを勤める時代になった。
デジタル以前、写真を撮るのは結構大変。モノクロなら撮影してその日の夕方には写真が欲しいとなるとフィルムの現像からプリントを自分でしなければいけない。これが結構大変。撮影時に気をつけないとプリントができない。あるいはとてもやりにくい写真になってしまう。カラーはカラーでまた大変。これも撮影時に気をつけないと印刷できない写真になってしまう事がある。だからどんな撮影でも印刷できるものに仕上げる技術があればなんとかやって行けたのである。
デジタルは自由自在。パソコンでかなりの事ができる。でも撮影後の加工が写真なんだろうか。だって「写真」、「真実を写す」って書くじゃない。
デジタル以前、写真を撮るのは結構大変。モノクロなら撮影してその日の夕方には写真が欲しいとなるとフィルムの現像からプリントを自分でしなければいけない。これが結構大変。撮影時に気をつけないとプリントができない。あるいはとてもやりにくい写真になってしまう。カラーはカラーでまた大変。これも撮影時に気をつけないと印刷できない写真になってしまう事がある。だからどんな撮影でも印刷できるものに仕上げる技術があればなんとかやって行けたのである。
デジタルは自由自在。パソコンでかなりの事ができる。でも撮影後の加工が写真なんだろうか。だって「写真」、「真実を写す」って書くじゃない。



