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Mon.

vol.59 カンコーヒー

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 ある山奥でロケがあった。たまたま手伝いの使い走りに付いた私は毎日雑用ばかり。朝早く起きてカンカンに火を入れる、そこらの薪を集めてカンカンの中に入れておく、そして少しだけ火をつけておくのだが、集めてあるのが生木で火が付かない、モウモウと煙ばかりで目が痛い。ウチワでパタパタやりながらようやく火がつく、それが10個程もあるので本当に一仕事、ロケ地が寒いのでスタッフや役者が暖を取る為に必要なのだ。
 それが終ったら水汲み、ロケ地では何故か水をたくさん使うので近くの川から水をバケツで汲んでタンクに入れなければならない。後に写真を撮る様になって分かるのだが、植物や石なんかは水をかけたらキレイに写るのだ。そんな雑用で一日はアッという間に終りやっと夜になる、ヤレヤレこんな仕事は早く終って里に帰りたいと思ってると主役の役者が「カンコーヒーが飲みたい」といいだす、こんな山中にそんなモノがあるわけないだろうと思ってたら私が買いに行く事になった。仕方なく出ようとすると後からその役者がいった「オイ、UCCな」
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Sat.

vol.58 これからいい時代

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 私は1952年生れ。つまり子供の時が50~60年代、若者になって70年代そして80年代90年代と歳を取って来た。一番思い出すのが60年代から70年代に変る時。その時の嫌な感じは例えば20世紀から21世紀に移る時にもなかった。
 どんな感じかと言うと、何かが終る感じ。自分の好きだったものや、いといおしく感じているものが無くなってしまうのじゃないかと思える感じ、新しい70年代はきっとつまらない時代になってしまうんじゃないかと思える感じ。事実そうなってしまったので、あの時の私のカンは当ってた様に思う。
 しかし現実は、あまり面白くなかったが、少しは面白かった70年代よりさらに80年代からこっちはいよいよつまらなくなった。失われた20年なんていうけど、私にとっては失われた30年である。でもここに来て、少しだけ時代が面白くなって来た様なきがする。60年代に生れ、70年代に育ち、80年代に商売に去れた様なものがいよいよ終って行く。そんな時代が来たような気がする。
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Fri.

vol.57 ジャズが分る

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 昔よく使われた言葉に○○が分るというのがあった。文学が分る、人生が分る、男が分る、女が分る、等たくさんありすぎて1つ一つ覚えていない。ただ一般的に使われるのはこうだ。自分は分ってるがお前は分ってない、つまり「まだまだだよ」という意味で使われていた。
 例えばジャズが分るってどういう意味なんだろう。自分は理解しているのだが、お前にはまだまだ理解ができていない。でもジャズの何をどう理解したというのだろう。そして私が理解していないとして、どの部分をどう理解してないのか、それはどうすれば理解出来るようになるのか、それこそそんな事を言われてもさっぱり理解出来ない。
 今、振り返ってみれば、私に○○が分ってないと言った人たちのほとんどが、私に知識がないと言ってたような気がする。でも当時そう言われた私はとてもショックだった。今の若い人達は幸せである。だって「分る」「分らない」といった価値基準で物事を判断しないから。
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Thu.

vol.56 究極の選択

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 今から二十年程前、写真の仲間と写真雑誌を作っていた事がある。年に3冊から4冊の不定期発行。それでも全員日常の仕事を抱えながらだから、大変だった。
 雑誌を少しでも面白くしようとユニークな活動をしている写真家を紹介するページを作る事になり、私がインタビュアーとして行く事に。その人は一年の半分をインドの小さな村で生活し、その生活の中から、ありふれた日常を撮影するという、私たちの知らないインドの写真を撮っていた。しかも日本で作品を発表する際は公園の様な自然の中、なるべく現地に近い場所で作品を見て欲しいとの事。
 いよいよインタビュー前日、わざわざ九州から東京へその為に来ていた私の所に電話がかかった。「明日仕事してくれない?」その頃レギュラーの仕事だった、新聞社からの電話。「えっ、どうしよう」日々の生活の為には仕事をしなければならないのだが、明日のインタビューはわざわざ私がお願いしたもの。どうする、どうする。さんざん考えて新聞社に電話した。「すいません、明日は個人的な仕事がありまして。」
 
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Wed.

vol.55 究極のオーディオルーム

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 私はオーディオが大好き。なのでオーディオルームを持っている人の家に行って、その人のジマンの音を聞く事も多い。そんなオーディオマニアの部屋でも一番スゴかったのが完全な防音をした特別室を作った人の部屋だった。
 入口からして違う。NHKのスタジオと同じ防音ドア、NHKのスタジオを知らないので本当に同じかどうかわからないが、10cm以上もある熱い金属の扉に二重ガラス、長い棒状の取っ手を上げて入り、その棒を横にするとドアから「ギュッ」と音がした。ロシアから特別に取り寄せたと言う長さが30cmもある真空管がズラリとある、そしてレコードプレイヤーの台がすごい。振動しない様に地中深く10m程電柱の様なものを打ち込んで、その上に台を作ったそうだ。
 マニアの家も色々行ったがここまでする人は初めてで、音を聞かせてもらう前に圧倒されてしまった。そんなものすごいオーディオルームのある家だったが、先日家の前を車で通ると更地になっていて、とても悲しかった。
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Tue.

vol.54 4チャンネルレコード

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 最近の私の趣味はレコード屋で100円レコードを買う事。レコード屋のダンボールには中古のアナログレコードがいっぱい。その中でもほとんど人気のなさそうなのは百円で売っている、それを一枚一枚あれこれ考えながら選ぶのがたまらなく楽しい。
 先日買ったレコードの中に4チャンネルレコードというのが一枚あった。私の家は2チャンネルなので左右のスピーカーからしか音は出ないが、このレコードが発売された当時はきっと前後左右から音が出たと思われる。中身はハワイアンと波の音、きっと後のスピーカーから波の音、前がハワイアンの演奏だったと思われる。
 4チャンネルが流行した40年程前、友達に好きなのがいて、彼の部屋には四隅にスピーカーが置いてあった。遊びに行くと、いつも部屋中でぐるぐる回る機関車の音だの、ジェット機の音だの大砲の音だのを聞かされた。「こんなの音楽じゃない、音楽を聞くための装置でこんな音を聞くのはおかしい」と言うと、「何言ってるんだ、趣味は自由なんだ」と言った。
 
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Mon.

vol.53 結婚式

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 私の年になると結婚式は数限り無く行った様な気がするが、そのほとんどを覚えていない。まあ祝い事だから呼ばれりゃ行く、ただそれだけ。第一式場のチャチな演出が大キライ。忙しい体を空けて、お金を包み、なんで結婚する二人の子供時代の写真だの両親への花束贈呈だのを見せられなきゃならないんだろう。誰も不思議に思わないのか。それともめでたい席なのでガマンしているのか。私などは完璧に後者である。出席して下さってる方々には、これまでも、これからも、お世話になる身である。そんな暇があるなら酒でも注いで回れと思うのだが。
 そんな私にも忘れられない結婚式がある。それは学生時代、私の行ってた学校には小さな教会があり、そこでの事。たまたま知り合いが学制結婚をする事になり出席する事になった。新郎はスーツに、新婦はワンピース。ティーにビスケットだけの結婚式だったが、二人の決心が感じられて本当に素晴らしかった。そこでの牧師様の言葉が忘れられない。「ここに参加している方々には責任があります。若い二人を見守る責任が。」
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Sun.

vol.52 福岡は日本一の街

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 仕事場が福岡にあるので福岡の街を歩く事が多い。そしてここ福岡はつくづくいい街だと思う。地方都市のランキングで一位になったりしていることもあるが、私の思う福岡はそんな雑誌に紹介されている福岡とは違う。
 私の考えるいい街とは人間の体の様な街。つまり頭で考え、目で見て、口から食べ、動き、そして排泄する、街もそんなバランスが大事だと思うのだ。オフィスビルばっかりだったり、商業施設ばっかりだったり、飲食店ばっかりだったりではいい街とは思えない。
 福岡は新しいビルに新しいテナント、外国の人もよく見かけるし、街がいつも動いてる。文化面が弱い気はするけどなんと言っても夜の中洲がすごい。金曜や土曜の夜はサラリーマン風のオジサンだらけでまともに道を歩けない。あちこちにロングドレスのお姉さんに少しアヤシイお兄さん。銀座、六本木、新宿も部分的にはスゴイ人だが、面積あたりの人出は日本一だと思う。ガンガン働いてガンガン遊ぶ、そんな七十年代テイストがこの街にはまだ残ってる。
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Sat.

vol.51 十八才

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 人生で一番大事な年っていくつくらいなんだろう。今では自分の年さえ忘れてしまって、「おいくつですか」と聞かれても、すぐには返事が出来ず、頭の中では「友達がもうすぐ定年になると言っていたよなあ」などと考えてる。そんな私だが人生で一番大事な年は十八才だと思う。
 就職したり、大学に行ったり。専門学校に行ったり、なかには留学する人もいるだろう。この十八と言う年はとても大事。地元に残る人、都会に行く人、進学する人、就職する人、そして何もしない人。私はこの何もしない人だった。
 不安だけがあって自分が何をしたいのかさっぱりわからない。そして何かを始める気がおきない。短い時間のアルバイト以外はほとんどアパートから出ないで一日中本を読んでいたような気がする。楽しい事は全部十七才までにやってしまった様な気がして。いまさらそんな事をという気持ちと、だったら何をという気持ち。思えば自分が一番孤独だったのが十八才だったような気がする。
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Fri.

vol.50 就職の為に髪を切る

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 まだまだ暑いのに黒っぽいリクルートスーツを着て若い男女が街を歩いている。そんな彼らを見てるとユーミンが歌ってた歌を思い出す。それはこんな歌だった。若い恋人達が昔二人で見た映画がまた上映されている。それはアメリカの学生運動の映画で、二人で見た時は楽しかったが、男の方は就職試験の為に長かった髪を切って「もう若くないさ」と女の子に言う。そんな歌だった。
 初めてこの歌を聞いた時、とても気分が重くなった。私の髪は長くはなかったけど、自分は決して就職の為に髪を切ったりはしないぞと思ってた。その頃髪を切った友達もそろそろ定年。今では髪を切ろうにもその髪自体が無いのもいる。本当に笑い話。そんな事を思っていた私の方こそ笑い話。
 あれは時代のせいだったんだろうか。何の疑問も持たず、当然の様にリクルートスーツを来ている若者を見てそんな事を考える。でも時代のせいだとしても、やっぱり私はあの歌は好きじゃない。
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