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Wed.

vol.81 ジムニー

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初めて買った車はスズキのジムニーだった。中古で十万円。新車から十年近くたっていたと思う。その車は何とツーサイクル。今ではもう無くなってしまったが、あの頃はオートバイの一部と車の一部はまだツーサイクルエンジンだった。低速では全然パワーが無いが、ある回転数を過ぎると急にパワフルになるエンジン。そしてエンジンブレーキがまるできかない。一番困ったのが始動のとき、うまくかけないとかぶってしまい、そのたびにボンネットを開け、プラグを取り出して布できれいにしなければならない。だから車を使うときはいつも二十分近く前に家を出ていた。
 そんなジムニーだが、あるとき三道を走っていると大きな4WDの車がスタックしている。どうも車の重みで路肩に車輪が埋まってしまったらしい。近くまで言ってみたが私の車は全然平気。あまりに軽いのでぬかるみでも大丈夫。早速ロープで引いてあげた。ボロのジムニーのほうが高級4WDより能力がある事を知らされた。
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Tue.

vol.80 若者たち

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 先日「若者たち」という映画をテレビで観た。「若者たち」というタイトルもすごいが、一番驚いたのが、今、テレビでオジサン役ではなく、オジイサン役をしている役者が、全員若者役で出ていた事。これには本当に驚いた。
 ストーリーは東京下町の労働者一家の話。工場現場にトラックの運転手。町工場に弁当屋。そこで働く若者達の希望と挫折。今でも十分通用するようなストーリーだが、昔の若者はマジメでひたむき、まああれでなければ生きていけなかったのかもしれないが、映画を観ているだけで息苦しくなる程である。
 実は私、この映画を今から四十年前、封切りのときに観ている。その時の感想は「なんだかうっとうしいなあ」というものだった。そして再度見た感想も「マジメすぎてうっとうしいなあ」というものだった。
 人は進化しない。私だけかもしれないが、人の感性はそう変化しない様に思う。かつての「若者たち」は今ではほとんど「老人たち」になってしまったけれど、中味は「若者たち」のまま。これ
ってどうなんだろう。
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Mon.

vol.79 三里塚の農作業

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 千葉の三里塚に一週間程いた事がある。当時は成田空港が一部出来たばかり。そして成田空港と地元の三里塚の間で滑走路を広げる広げないでモメていた。そんな中、私に「週刊三里塚」というザラ紙、タブロイド紙の写真を撮って欲しいとの依頼。住む所と食事はあるとの事なので行く事にした。
 行ってみてびっくり。何と写真の仕事はほとんどなく、空いた時間は農家の農作業の手伝いをして、その農家に泊めてもらうことになっていた。朝早くからイモ堀り、頭の上をジェット機がものすごい音をたててバンバン通り過ぎる。これじゃあ農家の人たちが怒るのも無理はない。それに米ではなくイモしかとれない土地、そんな土地も戦後外地から引き上げて来てから一から畑にしたそうだ。
 そんな話を夜、農作業が終ってトリとゴボウの煮付け(これが三里塚名物)を食べながら農家の人から聞く。何もこんな所にわざわざ飛行場を作らなくても、だんだんそんな気になってくる。あれから成田には行っていない。
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Sun.

vol.78 海のイカ焼き

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 夏の海にいい思い出がない。もともと暑いのに何が悲しくてあんなに暑い有無に行かなきゃならないんだろう。そんな私だけが一日だけ知り合いの所でイカ焼きのアルバイトをする事になった。
 場所は茅ヶ崎、あの辺は風が強く、太陽の光も強い。暑い夏、さらに暑い浜辺、その浜辺で火を使ってイカを焼くのはもう地獄の熱さ。おまけにイカはなかなか焼けず時間がかかる。いくらたのまれ仕事とはいえ、この暑さはなんとかならないのかと思っていたら、午後三時頃になると浜辺にいた人達が帰り始めた。
 十一時に準備を始めて十二時から三時間、アッという間に仕事は終ってしまった。その日は日曜日でもありかなりの売り上げ。バイト代もはずんでくれた。ほとんどの人がいなくなった海につかりながら、世の中色々な仕事があるものだとつくづく思った。ラクな仕事もある。キツイ仕事もある。されどっちに行くか。二十代前半だった私はそんな事を考えていた。
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Sat.

vol.77  三島の死

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 その日は何かの用事で神田へ行った帰りだった。よく晴れた冬の日、電車の窓からなんとなく外を見てると市ヶ谷あたりで何か騒がしくなっているが一瞬の事であり、たいして気に止める事も無く家に帰った。
 夕方近くの定食屋に行くと、そこのオヤジさんが「ミシマがハラ切ったよ」という。何のことか分からずくわしく聞くと、今日の午後市ヶ谷の自衛隊に作家の三島由紀夫が乱入、その後に切腹したとの事。エッ。何で。何でそんな事しなきゃならないの。今よりずっと作家の地位も高く、影響力も大きかった時代、そしてそのトップにいた三島が何でそんな事を。
 その当時三島の大ファンが小説だけでなくエッセイや月刊誌、週刊誌に書いたものまで好きで読んでいた私である。私の中では彼の書いたものと行動がどうしても結びつかない。死後何故彼が自死したかと様々な立場の人が書いてたが、どれも私には説得力が無かった。ただ一つだけ、政治の季節は終ったのかな、彼が終らせたのかなと思った。
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Fri.

vol.76 デパートの特別感

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 渋谷のデパートで撮影をした事がある。確か社員教育用のスライドの撮影だった。デパートのあちこちを回り、そこで働く社員の人たちのおじぎの仕方とかお金の受け取り方、おつりの出し方とかそんなあれこれを撮影する。当時出たばかりのビデオも一緒だったような気がする。
 デパート内のあちこちを回るので、売り場が暇なときに行かなければならなくて、機材の置き場もかねて、私たち取材クルーは4回だか5回の1室をあてがわれた。ここの部屋がスゴイ。デパートでも特に乗客だけのための部屋になっていて、完全予約制。その日は予約がなかったらしく、私たちの待機室になっていた。
 そんな部屋がデパートにある事すら知らない私は、めずらしくてあちこちキョロキョロしていると何より値段がすごい。ハンカチ、ワンピース、何でも私の知っている常識的名値段の隣にゼロが1つ付いている。そして1番驚いたのがトイレ。あちこちに鏡があり、広さが六畳間くらいあった。
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Thu.

vol.75 浅草フラミンゴ 今と昔

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 浅草に「フラミンゴ」というジャズ喫茶がある。昔、行った事があり、その当時は普通のよくあるジャズ喫茶だと思っていたが、久しぶり、そう20年ぶりくらいになると思うが、行って驚いた。
 場所は同じだと思っていたが、インテリアがまるで違ってた。何だか薄暗さは同じでもものすごく高級感のある店になってる。コーヒーが来てさらに驚いた。大きな銀の皿に銀のスプーン。高級そうなカップに中身はブルーマウンテン。あれっ、ここジャズ喫茶じゃなかったの!
 マスターに話を聞くとジャズファンは嫌いだそうだ。何故ってみんなビンボーでケチでコーヒー1杯で何時間でもいるし、お店の事を全然考えてない人ばかりだそうだ。浅草というちょっと洒落た土地柄もあって、高級店にしてからは、いいお客さんばかりでラクになったと言っていた。そうか、ジャズファンはビンボーでケチか。私も少し考えようっと。あまりリラックス出来ず早々にレジに向うと確か2000円!だった。
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Wed.

vol.74 CB72

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10代の頃はバイクが大好きだった。その頃乗っていたのがホンダのCB72というバイク。このバイクが私はとても好きで3台乗ったが、この3台目のバイクがスゴかった。
 バイク仲間の知り合いからCB72を売りたいという話を聞いた。72は乗っているから別にいいよという感じだったが、なんとレース用に改造してあるという。ノーマルに戻すのもお金がかかるし、格安でいいからとの事。早速隣町の東小金井に見に行く。見てビックリ。完全にレース用に改造してある。
長いタンクの跡に小さなシート、ギアとブレーキはステップで後に付けてあり、ハンドルはセパレート。タイヤはメッツラーのレース用が付いている。
 その場で買う事にキメ、喜んで乗ったがこれがもうものすごく乗りにくい。お腹をタンクにくっつけて乗らなきゃならないし、信号待ちのときはシートが小さいのでものすごく大変。レース用のタイヤは雨の日はツルツルすべる。1度だけレース場に持ち込んで楽しんだだけで、直ぐ売ってしまった。
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Tue.

vol.73 大きなモノ

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 私は大きなモノが好き。車も大きいし、使っているスピーカーも大きい。CDよりレコードが好きだし、テレビも今ではほとんど目にすることの無い、大きなアナログテレビで奥行きは80cmくらいある。他にも文庫本や新書よりハードカバーの本が好きだし、カメラも大きい6×7カメラが好き。
 どうしてだろうと考える。今の車は20年以上前のベンツのSクラス、これを中古で買う時にほとんどひとりで乗るのにあまりに大きすぎるのではと店の人にいったらこう言った。「ベンツのいいところは全てSクラスにあります」と。
 大きなモノはそれだけ価値がある。初めに大きなモノを作って、それを少しずつコストダウンして小さくする。そんな時代に育った私は、だからあんまり小さなモノが好きじゃない。そして大きなモノにはコストがかかっている。メーカーのプライドがかかっている。デジタル時代、どんどんモノは小さくなるけど、ムダに大きく重たいモノがやっぱり私は好き。
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Mon.

vol.72 JBL4331

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 私の福岡の住まいにおいてあるスピーカーはJBLの4331というスピーカーである。先日デカくてジャマなので下取りにだして小さいスピーカーにしようとしたら2本で10万円だと言われた。あまりの安さにそのまま使うことにしたが、このスピーカーには思い出がある。
 国立に「ラッパ」という小さなジャズ喫茶があった。前にも書いたが国立には「スカラ座」という大好きな名画座があったので、映画を見た帰りによく行っていた。まだ、高校生だった私にとって楽しみのフルコースである。そんな「ラッパ」にある時張り紙がしてある。JBLの4331スピーカーが欲しいので、もっと店に通って欲しいとの事。えっ、あの4331が聞けるの! まだ聞いた事のない当時レコーディングスタジオで使われているプロ使用のスピーカーである。私もささやかながらせっせと通った。
 そしてついに4331が「ラッパ」に。私はマイルスやコルトレーンやロリンズがそこにいる様な気がした。
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Sun.

vol.71 キャバレーのショー

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 キャバレーでは毎日ショーがある、毎日日変りで色々な芸人がショーをする、それはマジックだったり歌だったり漫談だったりヌードショーやブルーボーイショー、ヌード演歌なんてのも会った。
 私たち従業員の着替えるロッカーの前が芸人さん達の控え室、小さなテーブルに灰皿が置いてあるだけでエアコンも無い部屋、そこで一日二回のショーの為に着替えをし、ショーとショーの合い間の時間をツブす。たまに私がコーラを持って行くと、とても疲れた表情で立ち上り、「どうもすいません」という人が多かった。
 ある時、たまたま着替えをしていたヌードダンサーに出会った事がある、その時、その女の人がものすごく恥ずかしそうにしていて、私も申し訳ない事をしたと思い、あわててコーラをテーブルに置いた。ステージではあんなに堂々と踊っているダンサーの別の面を見た様な気がして、芸人さんも大変な仕事なんだとつくづく思った。
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Sat.

vol.70 キャバレーの時代

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 私がキャバレーで仕事をしていた頃、同じカウンターの中にいたのはチーフを除けば、四回戦のボクサー上り、同人誌で書いてるモノ書き、ホールには劇団で演出助手をやっていたのや芸能プロダクションで食いつめたのとか様々だった。
 それぞれの世界でチャレンジしてうまくいかない、失敗した、挫折した、キャバレーはそんな人たちの集り、仕事が楽でお金もいいキャバレーでしばらく休み、体勢を立て直して、何か新しいチャレンジをする、そんな場所だった様な気がする。
 毎日の様に来る気楽な客に気楽な従業員、時代は七十年代、それぞれがまだまだこれからと思っていた、思えた時代だった、そして二年近くいた私は、この世界以外では会えない、会う事のなかった人たちに会う事が出来た。いい加減な人達がいい加減に生きて行けた時代、それが良かったとか悪かったとかは思わないけど、世の中のキャパシティは確実にあの頃のほうがあった。
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Fri.

vol.69 青森 民踊 酒場

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 青森に行った、仕事が終りいつものようにジャズ喫茶かライブハウスに行こうと捜すがなかなか見つからない、街をうろついていると民踊酒場があった。青森といえば津軽三味線、レコードでは聞いた事があるが生では聞いた事が無い、ひょっとしてと思って入ってみた。
 客は全員中高年、まだ二十代だった私のほうをジロジロ見てる、演奏は始まってないがステージらしきものが見える、しばらくすると客の一人がステージに上って三味線を弾き始めた。ウマイ!やたら音のデカイ早弾きでどんどん弾いていく、時々テーマらしきメロディがあるが後はほとんどアドリブの様に聞こえる、その内にもう一人の客もステージに上り弾き始める、そのかけ合いがすごい、さらにもう一人上ってくる、三味線の三重奏四重奏、さらには五重奏六重奏、それぞれがメロディを弾いたりアドリブからアンサンブルになったり、もう自由自在。
 これが津軽三味線か、次から次へと出てくるフレーズは本当にとめどがない。ただ圧倒された夜だった。
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Thu.

vol.68 府中ロジーナ茶房

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 喫茶店でウェイターのバイトをする事になった、府中の「ロージナ茶房」というかなり大きな喫茶店、そこにはたくさんのレコードがあって、ほとんど聞いた事の無い様な音楽が流れている。
 少し仕事に慣れると「稲原君、何かレコードかけて」と言われる様になる、なんせLPレコードは片面二十分位しかなく、しょっちゅう取り変えなければならないのだ、そしてその店にあったレコードがオーソドックスなジャズのLP、フランク・シナトラにジュロー・ロンドン・サッチモやアストラット・ジルベルト、ペリー・コモやディーン・マーチンもあった様な気がする。そんなアメリカ五十年代黄金期のゴージャスな音に始めは違和感を感じたが、直ぐに大好きになった。
 ビートルズだストーンズだツェッペリンだとロックしか聞かなかったありふれた若者から少し背伸びしたかったのかもしれないが、、この「ロージナ茶房」での体験はありがたかった。あれから四十年、先日もシナトラのLP、買いに行ったもの。
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Wed.

vol.67 牛乳とベトナム戦争

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 夏に牛乳配達をした話は前に書いたが、配達が終るとバイクがものすごく軽くなる、90ccのカブだったが、それでもかなりのスピードが出る。仕事が終った爽快感もあってかなり飛ばしながら帰っていると、アメリカ軍の基地の中をジョギングしているアーミーが手を振っている、何の用かと近づいてみると牛乳を飲みたいという。配達のときは何本か余分に持って行ってるので基地の金網ごしに渡すとドルでお金をくれた。
 その日から毎日の習慣になり、私の配達が終る頃、いつも彼らは待ってくれていた、近くで見ると彼らは本当に若く、十代だった私とそんなに変らない様に見える。
 やがて夏休みも終りに近付き、私の牛乳配達のバイトも終りが近付く、最後の日、彼らにその事を告げると「オー、ノー」と残念がってくれる、最後の牛乳は私のオゴリだというと全員とても喜んでくれた。牛乳を飲み終え走っていく彼らを見てると悲しくなった、まだベトナムでは戦争をやっている、彼らだって行くかもしれない、「シー、ユー、アゲイン」そう叫ぶと、ゆっくり振り向いて笑った。
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Tue.

vol.66 犬と牛乳配達

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 夏に一時期、牛乳配達をすることになった、夜が明ける少し前、薄暗い中をバイクにたくさんの牛乳を乗せて配達する、そこで困ったのが犬の声、玄関近くの犬小屋から出て来ててワンワンうるさい、中には飛び掛ろうとするのもいてまいった。
 当時は今と違ってパックの牛乳ではなくビンだった。大きいのは三合ビン五合ビンとある、軍手ですべらない様にビンの首を掴み、両手一杯の牛乳を配達し、空ビンを持ち帰る、二~三日もすると慣れてきたが、それにしても犬がうるさい。配達バイクの音がすると、ずっと向うの方からワンワン吠える声が聞こえるのでその家に行くのが嫌になる。
 頭に来た私は配達の帰り、手に持ってる空いた五合ビンを犬の頭に落としてみた、かなり大きく重いビンが犬の頭に当たると「ゴチッ」と音がして、「キュン」といった後に狂った様に吠える、しかし二~三日続けていると静かになってきた。さらに数日、私の姿を見るとコソコソ犬小屋に入る様にまでなったのだ。「ザマアミロ」である。
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Sun.

vol.65 国立スカラ座

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 私が高校時代に住んでた街府中には映画館が無かった、一番近い名画座が国立の「スカラ座」。今では無くなってしまったが、当時は全国の大きな街には必ず名画座があり、洋画専門二本立て、料金はロードショーの半分以下、つまり学生にはピッタリの映画館があった。
 国立「スカラ座」の事を思うと今でも胸がドキドキする、高校時代一番通った一番好きな一番いい映画を見た映画館だから。国立の駅を降りて直ぐ左、雰囲気のある上品な建物、さりげなく上映中のポスターがかかっている、そしていつも選びに選んだ名画がかかっていた。
 ある時はアメリカ映画の大作、そしてヨーロッパ映画の秀作、見たいと思っていてもなかなか見れなかったそんな映画をいつも見る事が出来たのは、、国立が学生の街で、そんな観客がたくさんいたからだったんだろうか。私には「スカラ座」があるというだけで、国立という街がとてもうらやましく思えていた。
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Sat.

vol.64 浅草フランス座

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 浅草フランス座は思っていたよりずっと小さく地味で古ぼけていた。東京の芸人でここの舞台に立たなかった人はいないとされてる伝説の劇場、でももう現役で活躍してる人はビートタケシぐらいなんだろうか、一度は行ってみたいと思ってたが、実際に行ったのはなくなってしまう二-三年前だった様な気がする。
 ストリップがメインで、その間にコントがある、そのどちらもかっていい時代があって、そのまま少しずつ寂れていって今があるといった感じで楽しめなかった。観客も老人が多く、パラパラの拍手にも力が無い、早めに席を立って通路に出ると丁度楽屋口に誰かが入ってく所で、中が少しだけ見えた、かつて多くの芸人がこの舞台に立ちたいと願い、いつか映画やテレビやラジオに出たいと願った入口、何だか少しだけオーラがあった様な、いい雰囲気がそこにはあった。
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Fri.

vol.63 朝日のようにさわやかに

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 その日は新宿で大きなデモがあっていた、靖国通りから新宿駅に向ってたくさんの学生が走って来る、その後にはもっとたくさんの数の機動隊が追いかけて来ている。大変だ、ただでさえ風体のあやしい私である、逮捕されたらやっかいな事になる、あわてて近くの地下にあるジャズ喫茶「ビザール」に飛び込んだ。
 ソニー・クラークは日本で特に人気の高いピアニスト、アメリカではほとんど無名だそうだが、日本のジャズファンでソニー・クラークを知らない人はいない、その一番の特徴はマイナーの曲に独特の味がある事、メジャーの曲が人気のアメリカに対してマイナーの曲が人気の日本、その中でもソニー・クラークの弾くマイナーの曲は、そのピアノの音色、フレーズ共々日本人にピッタリの何かがある。
 「朝日のようにさわやかに」は有名なスタンダードナンバーだが、私はその演奏を「ビザール」で始めて聞いた。ポロポロ、気怠く、物憂いそのピアノは、表の騒乱とは対照的、「ジャズっていいな」そう思った。
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Thu.

vol.62 ダンサーのケンカ

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 銀座の日劇裏でケンカがあってた、やたらスタイルのいい黒ズボンに黒のタートルネック三人組対いかにもな感じのハデなスーツを着た四人組、派手なスーツの方は少し酔っており上着を脱いで殴りかかっていった。
 パンチもキックもまるで当たらない、ボクシングのフットワークの様に黒ズボンの方はヒラリヒラリとかわしていく、掴もうにも掴めず、パンチもキックも当らず、やがて息が上がっていく、そのタイミングで今度は黒ズボンの方がクルクル回りだした、軽やかにステップを踏み、その場で踊っている、いよいよ頭に来て掴もうとするが、スルリスルリとかわしていく、後に回って相手を軽々と持ち上げたりもしている。
 ここまで見ていてこの黒ズボン三人組はダンサーだとわかった、毎日毎日踊っていれば、酔っ払いのパンチやキックが当るはずもない、そして女のダンサーを軽々と持ち上げる力があれば相手になるワケがない。相手の息が完全に上がると、遊びは終ったとばかりにさっさとどこかに行ってしまった。
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Wed.

vol.61 鹿児島パーニカ

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 地方に旅に行くと必ずその土地にあるジャズ喫茶に行く事にしている。鹿児島に行った時もレコード店の人に教えてもらい、その頃全国的にも有名だった「パーニカ」に行った。
 大きなお店に大きなスピーカー、窓から見える景色は南国の様、ゆったりした空間でとてもリラックスした。そこのマスターに「どんなミュージシャンが好きですか」と聞くと、「渋やんがいい、渋やんのピアノは夢のごたる」と教えてくれた。渋やんこと渋谷毅は伝説のピアニスト、若い頃、一部で有名になったが、その後ピアノを弾くのを止めたという話を聞いた事がある。
 そしてそれから数年後、七十年代の後半だったと思うが渋谷毅のレコードが出た、タイトルは「クック・ノート」鹿児島でのマスターの話を覚えていた私は早速買って聞いてみた。心に染みるいい音色、本当に「夢のごたる」ピアノ。ライナーノーツを見るとプロデューサーは鹿児島「パーニカ」のマスターだった。
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Tue.

vol.60 吉祥寺こんつぇると

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 高校時代私にとって吉祥寺は特別な街だった、それはクラシック喫茶「こんつぇると」があったから。私の住む競馬と米軍住宅しかないガラッパチな街府中と違って、吉祥寺はハイソサエティな街だった。何がハイソサエティかもわかってなかったと思うが、「こんつぇると」があるだけで、そこに行くだけで、自分が少しだけハイソサエティに近づけた、そんな気がしてた。
 店は通りから少しだけ奥にあって、そこに行く5メートルほどの道は花壇になっていた。静かにドアを開けると中は薄暗い、小さな黒板に演奏中のレコード名が書いてある。小さなテーブルの一人席、座ると女の人が水を持って来て静かに、本当に静かに音がしないようにテーブルに置く。そして耳元で「何になさいます」という、他の客に聞こえない様に注文すると、今度はもっとゆっくり、静かに注文の品を運んで来る。そして又、音がしない様カップを置くとささやくような声で「どうぞ、ごゆっくり」といってくれる。私にとって特別な時間の始りだった。
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