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Thu.

vol.151 写真上達のコツ

 写真を撮りたい、撮っている、将来写真を撮ったりする事を仕事にしたい。そんな若者に会うことが多い。そしてそんな若者が私は大キライである。大体「撮ったり」とは何だ。その、「り」が気に入らない。どうして「撮る」と言えないんだろう。
 でもまぁ、私ごときに相談をしてくれるのである。ここは親切に少しでも将来の役に立つ事をと思い、必ずこういう事にしている。「1日2本、2年間」と。つまり1日にフィルム2本72カットを2年間毎日撮影してはどうですか、という事なのだが、中には「私なんか1日100カットは撮ってます。こないだは300カット撮りました」という若者もいて、「それはデジタルでしょ。そうじゃなくて、1カット1カットピントを合わせて、その日の内に現像・プリントをして72カット。それを2年間」何故こんな事を言うのかと言うと、すぐに飽きて撮るものが無くなる。それでも毎日撮る、才能の無さを思い知らされる。そこからだと思うから。今まで1ヵ月も続けた人はいない。
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Tue.

vol.150 街を元気に

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 街を元気にしたいという若者が多い。「学校出たら何をしたい」と聞くと、たくさんの若者が「自分が住んでいる街と、自分が生まれた街を、自分と同じ若者を、街中のたくさんの人を元気にしたい」と答える。
 「オイオイ、どうやって元気にするんだ」と聞くと、自分がやった、あるいは学校からやらされた、あまりにちゃちな町興しの体験活動を語りだす。若者が一生懸命街のために何かをしたり、やろうとする事に対して大人たちは「ありがとう」と思うだろう。でもそれはそれだけの事。若者が街を元気にした例が日本中でいったいいくつあるんだろう。
 長い歴史の中では、消えてしまったり忘れられてしまったりした街も多い。街にだって人と同じように一生がある。今、静かにその役目を終えようとしている街を無理やり元気にしたいというより、あなた自身がどうしたら元気になれるかを考えたほうが私はいいと思う。
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Sat.

vol.149 民踊のオバチャン

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30歳を過ぎた頃、事情があって生まれ故郷の熊本へ帰る事になった。私はかなりふて腐れていた「こんな所でくすぶりかよう」と思っていたのだ。不安定ながらやっと東京で写真の仕事を始めたばかり。友達から電話が来ると、うらやましくて「なんでオレだけ、こんな目に」と、すぐ東京に帰りたかった。
 それでも仕事はしていかなければならない。私にできる事は写真をとる事くらい。仕方なく写真を始める事にした。
 ある大きな民踊の団体の歌と踊りを撮る事になった。オーケストラや合唱、オペラの写真も撮った事があったので、経験を生かせると思ったのだ。始まる前に楽屋に挨拶をしにいくと、着物を着たオバチャンが「早くこっちに来てゴハンを食べなさい」と言う。お皿にたくさんのお煮しめとおにぎり、それがものすごくおいしい。食べながら私はこう思っていた「しばらくここでやっていこう」と。私の東京へのわだかまりがきれいに消えていた。
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Wed.

vol.148 職人のおじいさん

 新聞の写真を撮ることになってすぐの頃、ある地方の造り酒屋の取材に行く事になった。中に入れてもらうと昼間でも薄暗く、撮影には苦労したが、古くて趣のある建物の中で、いかにも職人といった感じのおじいさんのコントラストはいい写真になったと思った。
 それからしばらくしてまた、別の撮影でその町へ。終ってから案内してくれた人に以前にこの町の造り酒屋を撮影した事がある旨を伝え、「あの職人のおじいさんどうしてますか」と聞いた。「あの写真をとったのはあんたか、あれはいい写真だった。あのじいさんは3ヶ月程前に死んだよ。葬式のときはみんなであの写真を回しながら見た。本当にいい写真だった」と言った。
 私は少しだけ涙が出てきた。たまたま仕事で来た町で、たまたま撮った写真を様々な思いで見てくれる人がいる。写真を撮るという行為はこんな面もある事を教えられた。おじいさん、ありがとう、今日からちゃんと写真を撮りますよ、そう思った。
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Sun.

vol.147 池袋・文芸座

 40代、50代の学者や評論家の書いた文章を読んでいると、時々「池袋文芸座」とある。そんな記事や評論分を読むと思わずニカッとする私。「そうかあの人も文芸座行ってたんだ、ひょっとすると同じ時期、同じスクリーンを見てたかも」と思うと何だか嬉しい。
 ガラの悪い東京池袋に何故かあった映画ファンの聖地「池袋文芸座」と「文芸地下」は駅から10分、ツタのからまる趣のある映画館だった。私はここで見なければならないと思う映画は全て見たような気がする。
 大島渚5本立てとか、吉田喜重5本立て、ゴダールにパゾリーニ、今でも映画ファンがゾクゾクするような映画が常にかかっていた。今でこそDVDその他で見る事もできるが、あの頃は日本中でもここだけ。そして今では消えてしまった映画館が強い意志を持ってプログラムをする映画館の中の映画館。
 たまに昔、文芸座で見た映画をDVDで見る事があるが、さっぱり面白くない。やっぱり映画は観客の熱気を共に見なくちゃね。
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Thu.

vol.146 京都のライブハウス

 夏に京都で1ヵ月近く遊んだ事は前に書いたが、1度だけライブハウスに行った事がある。今では店の名前も場所も覚えていないが、 小さなお店だった。客は12~3人、お金の無い私達はタダで入れてくれたような気がする。
 その店のイスがすごい。ピーナッツや油の入ったカンカンに小さな座布団が乗っかってる。照明無し、PAも無かったような気がする。そこに4人のバンドメンバーが入ってくる。いきなりのブルース。それもオリジナルのブルースだ。うまい。ビターもベースもドラムスもバカうま。それにボーカルのひしゃげた、よく通る声が素晴しい。その頃はたまに行っていた東京吉祥寺のライブハウスに出ているミュージシャンとはえらい違い。初めて日本語のブルースを聞いた気がした。
 歌詞がまた素晴しい。彼らの日常生活そのままの、そこから生まれる言葉がそのまま歌になっている。京都は深い。東京にこんなバンドがいるとはとても思えない。彼ら「憂歌団」が日本一のブルースバンドとして知られるようになるのはそれから間もなくだった。
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Mon.

vol.145 京都の夏

 学生時代、故郷の九州に帰るときはもっぱら急行電車を利用していた。それはお金が無かったこともあったが、東京から24時間、列車の旅が楽しかったのもあった。
 その夏、私と同い年くらいの学生が前に座った。同じく九州に行くそうだが途中で知り合いのいる京都に寄ると言う。一緒に来ないかと誘ってくれるので、私も途中下車する事にした。
 京都に着くと早速知り合いの下宿へ。ところがその下宿はその人の知り合いだけが残っており、後はそれぞれ規制してガラガラ。しばらく遊んでいけばと言ってくれる。それぞれの住人は1ヵ月程帰らないそうで、勝手に使えばとの事。ならばとしばらく京都で過ごすことにした。 
 毎日のようにイノダコーヒーでコーヒーを飲み、円山公園へ。それからあちこちのお寺に行ったり寺町に遊びに行ったり。あっという間に1ヵ月が過ぎてしまった。
 若いからできた事、若くなければできない事がある。今でも京都に行くと、仲良くなった彼らが路地からひょっこり顔を出すような気がするのだ。
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Fri.

vol.144 原宿の軽

 原宿表参道に軽自動車が停まっていた。ショック! とてもショックだった。かつての原宿で軽を見たことなんてなかった。ここに停まっていたのは、停めて良かったのは、小さい車ならオースチンやモーリスのミニクーパー。チンクエチェントにメッサーシュミュットも赤いボディに白い屋根のを見た事がある。ジャガーもポルシェもロールスだってシルバーのをここで見た。この通りで働く人や遊びに来る人は国産車なんかに乗ってはいけない、そう思わせる雰囲気が、この街や通りにはあったのに。
 便利で安いがいい世の中、それは悪い事ではないけど、そんなに簡単に手に入らないものがあってもいい。そうでないと「いつか」がなくなってしまう。
 「まで」と「いつか」は大事である。卒業するまで、結婚するまで、仕事を始めるまで、そうしたたくさんの「まで」と、いつかこうしたい、いつかああしたい、いつかああなりたいの「いつか」。だってホラ、見栄って大事だから。
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Tue.

vol.143 銀座のホステス

 地下鉄銀座線銀座駅夕方6時頃の風景は面白い。出勤前のホステス達が続々階段を上がって来る。銀座のホステス全員がタクシーやハイヤーで通勤しているワケでは無いのだ。
 イベントの打ち上げで、そんな銀座のクラブにつれて行ってもらった事がある。入ってみて驚いた。中はものすごい事になっている。同じ銀座にある一流ホテルのロビーをずっと小さくして、照明をドンと落とした感じ。そしてやって来たママさんがすごい。何だか軍艦の舳先みたいな頭に、いかにも高そう着物、帯にはウルトラマンの目のような大きな石が光っている。見回すと初老のお客さんが多く、若いのは私達だけ。なんだか異次元空間に入り込んだような感じがした。
 高いお金を取るのには、それなりのシカケが必要なんだと感心していると、1人のホステスが話を振ってきた。「女が男に望む一番大事なものは何だと思う?」。なんだろう。「誠実」かな、「残念でした、甲斐性よ」。ガーン。
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Sat.

vol.142 真実を写す

 写真のプリントをする人が少なくなった。カメラマン仲間に聞いても「暗室は物置になっている」とか「潰した」という人が多い。カメラがデジタルになった事で暗室は不用になり、パソコンがそのかわりを勤める時代になった。
 デジタル以前、写真を撮るのは結構大変。モノクロなら撮影してその日の夕方には写真が欲しいとなるとフィルムの現像からプリントを自分でしなければいけない。これが結構大変。撮影時に気をつけないとプリントができない。あるいはとてもやりにくい写真になってしまう。カラーはカラーでまた大変。これも撮影時に気をつけないと印刷できない写真になってしまう事がある。だからどんな撮影でも印刷できるものに仕上げる技術があればなんとかやって行けたのである。
 デジタルは自由自在。パソコンでかなりの事ができる。でも撮影後の加工が写真なんだろうか。だって「写真」、「真実を写す」って書くじゃない。
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Wed.

Vol.141 どっちなんだよ

 写真スタジオでちょっと大掛かりなセットを組み撮影をしていたら夜の12時近くになった。東京ではこの時間の意味は大きい。つまり終電が無くなってしまうから。そのまま続けていたら朝帰りになってしまう。
 その時手伝ってくれていた3~4人の中に1人、女子がいて私は女の子の朝帰りはちょっとと思いこう言った。「もうしばらくかかるから帰っていいよ」、そうしたらその子が怒ってこう言った。「女だと思ってそんな事言うんですか。私はこの仕事をやりたくてやっているのに、何で私だけ帰らなくちゃならないんですか」
 それから反省した私は「そうだよな、仕事に男も女もないよな」と思うようになった。
 それからしばらくしてまた、同じように終電が無くなりそうな時間、その時は手伝い4人の内2人が女子、念のために声をかけた「終電なくなりそうだから帰っていいよ」「えっ、いいんですか」というとそそくさと帰ってしまった。いったいどっちなんだよ。
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