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Sun.

vol.217 「それでも言葉は大事である」

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私は、NO!!を手伝ってくれる若い人とよく話す。NO!!は若い人向けの雑誌だから、若い人の感じ方や好み、時代の流れを知りたいから、では無い。私の思ってる事をそのまま口にしても、これは絶対伝わらない、だって四十年も年が違えば、それはもうまるっきり違う時代の生き物、でも、まぁ、人はそんなに変わらないのだから、そうした意味では変わらないとも言える。
 だから、私が知りたいのは、私の思ってる事がどうしたら若い人に伝わるか。まぁ「アンタの考えなんか、知りたくもない」と言われれば、あえて聞いてもらう事も無いが、幸いとても良く聞いてくれ、その事を就職に生かしたりしてくれる若い人がいるので、どう伝えたら伝わるのか、その方法を知りたくて、若い人と話す事にしている。
 そんな時、いつも感じるのが、自分の感情を伝える言葉の少なさ。これは本当にヤバいと思った方がいい、少ないボキャブラリーは貧しい人生につながる。どうせだったら豊かな人生を。
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15:41 | 未分類 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
Mon.

vol.216 「カメラマンが良かった時代」

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カメラマンが良かった時代はけっこう長い。
江戸の終わりからつい最近まで、そう、カメラがデジタルになるまで、写真を撮る、から、写真を入力する、になるまで。
 私が写真を始めた、写真を撮る事で生活する様になって三十年以上になるが、なんと、驚いた事に、今の1カットあたりのギャラの10倍から20倍だった。高い時で10万、安い時で5千、その5千の時は何カットかまとめてあったので、基本的には週に1度仕事があれば、何とか食べていけた。後の6日は図書館に行ったり、プールに行ったり、コーヒーのお店に行ったり、プライベートの写真を撮ったりしてた。
 なのに今はどうだろう。1カット5百円、千円は当たり前。ヒドイのになるとカット数では無く、時給いくら(それも万では無く、千の下の方、)になってしまった。私の若い頃はカメラマンと言えば「ワァー」といわれたが、今では「アー」といわれてしまう。今、写真を撮ってる若い人、ギャラのアップを考えた方がいい。
10:00 | 未分類 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
Sat.

vol.216「良くなったモノ」

服

 良くなったモノの筆頭が服と食べ物。30年も前のファミレスでおいしいと思える食べ物が出てくる事はほとんど無く、あっても今よりずっと値段が高かった。今はずっとリーズナブルでおいしい。どうかするとどうしてこの値段でこんなものが出て来るんだろうと思えるものが出て来る。服はロードサイドにある店は本当に安物っぽい服ばかりで、デパートや街のショップで売ってる服に比べると、値段も半分や3分の1なら服のクオリティもそのくらいだった。
 ところがどうだろう。今ではむしろ、あえてロードサイドの店で買う人達が出て来た。つまりブランドものよりリーズナブルな店が好き。そんな人達が出て来た。私の様にスーツは十万から、ネクタイは一万からなどと思ってるのはバカ。「何、今頃バブってるの?」という事になってしまう。
 でも私は一度買った服は大事にしている。だって高校生の頃買ったジャケットやジャンパーを今でも着てるもの。あれから40年以上、愛着は増すばかりなんだけど。
11:00 | 未分類 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
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